ひだまり

「もういくよ」
最後のちからを振り絞り
ねこもりやの腕を引き寄せた。
「だからそばにいてね」
「最後までちゃんとみていてね」

犬
「ろんぼ」は
強くて
やさしくて
勇敢で
そして
あたたかだった。
前足を力強くすっくと伸ばし
じっと海を見渡す。

 

「じゃまになった」
「病気になった」
「大きくなりすぎて手に負えない」
保健所に持ち込む?(感覚ではそうらしい)人たちの
言い分。
同じいのちでありながら
その最期はあまりにも違いすぎる。
愛される犬と愛されなくなった犬。
だけど
どちらも
まちがいなく「あなた」を愛している。
「家族」を愛している。
最後の最後まで
あなたが迎えにきてくれると
そばにいてくれると
信じている。
家族になってまもない頃、
どろんこになりながらふたりでかけまわった
あの春の日の「ひだまり」。
毎日一緒に遊んだ楽しかった夏休みがおわり
あなたのかえりを
みえなくなった方角をみつめながらウトウトした
あの秋の日の「ひだまり」。
忘れることのない思い出。
犬の十戒
「ありがとう、がんばったね、ろんぼ」
「ここにおるよ」
「ありがとう、またあおうね」
神様は
すべての色彩を失ったかのような
絶対的な喪失感と戦う間もないほど
つぎつぎとあらたないのちを運んでくる。
そして
ねこもりやは
ねこもりやを選んでくれたことに
すこしの困惑と
たくさんのしあわせを思うのだ。

 

5 comments Add yours
  1. ありがとうの気持ちで見送ることができたら
    それがお互いのために一番良いお別れ。

  2. 以前のこと。
    知人が可愛がっていた犬が死にそうになった時に、
    「悲しいのに耐えられない」
    と言う理由で、犬を保健所にやってしまいました。
    それでも真夜中になって、
    「こんな寂しい別れじゃいけない」って。
    老夫婦が揃って保健所に行ったそうです。
    その後に、ちゃんと別れがあって、
    私はそれが本当に嬉しく思いました。
    悲しい別れが来るのは仕方のないこと。
    でも、辛いことから目をそらしたら、
    もっと大事なことを見逃してしまいますからね。
    老夫婦の選択が本当によいものだったと思っています。

  3. 私には、保健所に連れて行かれてしまったコたちにどうしてあげることもできない。。
    私にできるのは、うちの犬猫たちが幸せになるように努力をすること。
    しあわせな犬猫がふえるように祈りながら。。

  4. 小学校の帰り道に給食の残りのパンをあげてた野良イヌを思い出しちゃった・・・
    目印が後ろ太ももにくっ付いてたガム。
    勝手に「べべ」って名前まで付けてよく遊んでたっけ。
    思い出させてくれて、ありがとう(^?^)/

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