愛する人々の上に、平和の幸を輝かせるためにも

「おめでとうございます。お国の為に見事に散ってください。」

母ならば、そうまっすぐ言えるだろうか?

地元、山口県周南市大津島には回天訓練基地跡がある。
[googlemap lat=”33.987934″ lng=”131.723192″ align=”undefined” width=”450px” height=”200px” zoom=”11″ type=”G_NORMAL_MAP”]山口県周南市大津島[/googlemap]
大津島回天記念館
人間魚雷回天訓練基地跡だ。

人間魚雷・・・出撃すれば生きては帰れない、海の特攻部隊。

実際に敵艦に体当たりできた艦は少なく、
ほとんどが、敵艦にたどり着くまえに沈没、
もしくは訓練で命を落とされた方が圧倒的に多い。

俺は、君のためにこそ死ににいく
俺は、君のためにこそ死ににいく – Wikipedia
出口のない海
出口のない海 – Wikipedia

国の為などではなく、
愛する者を守るためにと”命を捧げた”若者たち。
たった十九や二十歳が残した遺書の見事な達筆と静謐さは、
現代と比べるべくもなく。
その凛と心静かな趣きのなかにも、
気の合う仲間と冗談を言い、笑いあい、肩をたたき合う。
現代の同年代の若者となにも変わらない
屈託のない無邪気さもあったであろうと想像すると、
ただただ心が張り裂けそうに苦しくなる。

青年たちが遺した遺書には

「愛する人々の上に、平和の幸を輝かせるためにも」

「兄貴がついているぞ。がんばれ。親孝行を頼む」

「母よ、妹よ、そして長い間育んでくれた町よ、学校よ、さようなら。本当にありがとう。昔は懐かしいよ。秋になれば、お月見だといって、あの崖下にススキを取りに行ったね。あそこで転んだのは誰だっけ。こうやって、みな愉快にいつまでも暮らしたい」

「お母さん、私は後3時間で祖国のために散っていきます。
胸は日本晴れ。本当ですよお母さん。少しも怖くない。
しかしね、時間があったので考えてみましたら、少し寂しくなってきました。
それは、今日私が戦死する通知が届く。お父さんは男だからわかっていただけると思いま­­す。
が、お母さん。お母さんは女だから、優しいから、涙が出るのではありませんか。
弟や妹たちも兄ちゃんが死んだといって寂しく思うでしょうね。
お母さん。
こんなことを考えてみましたら、私も人の子。やはり寂しい。
しかしお母さん。
考えて見てください。今日私が特攻隊で行かなければ、どうなると思いますか。
戦争はこの日本本土まで迫って、この世の中で一番好きだった母さんが死なれるから私が­­行くのですよ。
母さん。
今日私が特攻隊で行かなければ、年をとられたお父さんまで、銃を取るようになりますよ­­。
だからね。お母さん。
今日私が戦死したからといってどうか涙だけは耐えてくださいね。
でもやっぱりだめだろうな。母さんは優しい人だったから。
お母さん、私はどんな敵だって怖くはありません。私が一番怖いのは、母さんの涙です。」

母ならば、「お国の為に散れ」とは決して言えない、言えるはずがない。

こんな悲劇が、
いまからたった70年余り前の事だなんて。

合掌。
ひまわり
有福温泉のページ – 写真共有サービス 「写真部」 byGMO

One comment Add yours
  1. 私も十数年前に、大津島の回天基地へ、

    行ったことがあります。

    毎年、この時期になると

    考えさせられます。

    平和な今は、本当に幸せなことですね!

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