人生後半の誓い。

いつも思ってる。

優しくたおやかな人でありたいと。

なのに、いつもいつのまにか対極にいる。

自分では、この上なく優しいつもりでいても

「もう少し優しくしてくれない?」と言われてしまう。

口調がきついのか、言葉自体がきついのか。

人生も半ばを過ぎて、今更・・・

だけど、今世で改めなければ来世も同じ苦しみを抱えることになる。

もちろん、今世の記憶もない来世のことなどどうしようもないことだけど、せめて少なからずの努力をすることが来世の人生のなんらかの拠り所になりはしまいか?

思えば、むかし7年一緒に暮らしたオトコは

「強がらなくていいよ」

のひとことで、ねこもりやを骨抜きにした。

ねこもりやが(自分の心を守るために)まとっていたずっしりと重たい鎧を一瞬ではぎ取ったのだ。

それ以来、そんなオトコには会ったことがない。

だからと言って、いまそのオトコに再び会ったからと言って、又あの頃のように愛せるわけではない。

絶対に。

あの頃のねこもりやの心にしっくり来たわけで、いまのねこもりやとは違う。

でも、そんな内面のもろさを見抜けるオトコはそうそういないわけで。

だからこそ、いまだに独り身なわけで。

といって、めちゃくちゃ寂しいかと言えばそうでもない。

気軽で身軽。

今のこの状況で、”ちゅら”が元気で一緒にいてくれたなら、最高に幸せと言えたかもしれない。

そう、足りないのは無償の愛を示してくれる存在かもしれない。

”うらら”は、”ちゅら”が風になって以来、不思議なくらい甘えん坊になったけれど、”ちゅら”のように毎晩添い寝はしてくれないし。

やっぱり、女子。

気儘な気分屋。

飼い主に似る。

気儘な”うらら”

なんてとりとめのないことをぐちゃぐちゃ言ってるのか自分でもよくわからないけど。

「優しくない」と言われたことが妙にこたえた。

弱くもろい本来の自分をさらけ出せる人がそばにいない現実を改めて突き付けられたようで。

 

人生の後半は優しくたおやかに、そして弱さも苦しさもさらけ出し素直に生きることを目標にしようと思う。

来世の為にもね。

 

 

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